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セガ・ラリーチャンピオンシップ [ゲーム]

スーパーモナコGPがサーキットレースゲームの先駆けなら、セガ・ラリーチャンピオンシップは本格ラリーゲームの先駆けだ。
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なんと公式にランチアとトヨタに許可をとり、
デルタインテグラーレEVOとセリカGT-FOURST205をゲームに登場させた。

そのころWRCが注目され始めた時期で、マルティニデルタにドはまりしていたので、「あのデルタに乗れる!」という感動で週5回は通っていた。

ラリーの特徴と言えば、路面状況が国やステージによってさまざまであるということ。

また、コースがあまりに複雑なのでドライバーがすべてのカーブを覚えることができない。

コドライバーと呼ばれるパートナーとともに事前にコースを走り、どこのカーブを何速でどのくらいのスピードで走ればよいのかをあらかじめレッキ帳と呼ばれるものに記録しておく。
競技当日にはコドライバーが読み上げるメッセージに従ってドライバーがコースを走るということが、ほかのモータースポーツと異なる。

ひとつでも間違えた情報を読み上げた瞬間、コースアウトしてしまうほどシビアな世界だ。
さらに路面状況は刻々と変わるため、レッキ帳があるとはいえ基本的にはアドリブだ。

ゲームでも画面に曲率とスピードの矢印が表示されるとともに、「easy left」「midium right」など読み上げる声が聞こえるので、とてもリアルだ。

また、ダートではグリップ走行はほぼできない。ナチュラルドリフトでラインを作っていかなければならないため、コーナーに入ったらまずブレーキングドリフト。カウンターでドリフトアングルを調整しながらクリッピングポイントにつき、一気に加速する。

コースによってはフェイントモーションからの向き替えも必要で、セガラリーのおかげでかなりドリフトは鍛えられた。実走行ではスキー場の駐車場くらいでしか試せないが・・・。

ゲームならではのテクニックとして、ノーブレーキ、4→2速へのシフトロックオンリーで減速しヘアピンを抜けるという箇所があった。実際の車でやったらオーバースピードかギアが壊れるかどちらかだろうが、画面が横にスライドしていく景色を見て「俺ってめっちゃうまいやん」と悦に入っていたものだ。

サターン版ではランチアストラトスもドライブできたが、まあ扱いにくい車だった。
ダートでMRなど乗るものではない。デルタならすごく安定して抜けられるコーナーもピーキーなハンドリングでとてつもなく苦労させられた。
ただ、アリタリアカラーのストラトスはめちゃくちゃかっこよく、ドライブしながら後ろ姿に見とれていた。流線型の車が自然に囲まれた中で猛スピードで走るというのはこの上なく美しい。

どこかに稼働するゲーム機があれば、また乗ってみたい。

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スーパーモナコGPの思い出 [ゲーム]

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中学~高校生のころ、友達に誘われて行って以来、ゲーセンにはまっていた。
といってもテーブルでのシューティングとかではなく、ドライブゲームだ。
1985年ころからセガの体感ゲームが続々と出てきていて、「アウトラン」「ハングオン」「スペースハリアー」「アフターバーナー」など、大型の筐体で派手な動きをして、(当時としては)リアルなゲームが流行になっていた。
中学生で家に車もなかったので、「自分が車を運転できる」というだけでとにかく嬉しく、じゃんじゃん100円をつぎ込んでゲームをしていた。
ただ、そのころのドライブゲームはハンドル、アクセル、ブレーキとHi-LOWギヤの切り替えだけだったので、慣れてくると物足りなかった。

しかし、そんな中1989年、衝撃のゲームが現れる。
スーパーモナコGPだ。
折しもマクラーレンホンダ&アイルトン・セナの組み合わせで日本中がF1ブームに沸いており、F1を体感できるゲームとして登場した。
フォーミュラマシンを模した筐体、大型のスクリーン、ステレオスピーカーから流れるスキール音やシフトアップ/ダウン音、アーケード初の7速MT、予選を経てスターティンググリッドが決まる、ウエットレースがあるなど、すべてがそれまでのゲームとは比べ物にならないくらい本格的だった。
また、コースがモナコをイメージした市街地コースであり、出てくるマシンもマクラーレンぽいカラーリングだったので、もう一瞬でとりこになった。
もちろん学生で実車の運転経験がないので、7速もあるマニュアルをどうやっていいかさっぱりわからず、まずはATモードでコースを覚え、徐々に4速MT、7速MTとステップアップしていった。
このゲームでレブに当たったらシフトアップ、ブレーキングの時にシフトダウンすることを学んだ。

今にして思えば本物とはかけ離れたコース、操作とスピード感が全然異なるなど、ちゃちな作りではあったが、当時は夢中になってとにかくやりこんだ。週に5回は行っていただろうか。
最後のほうには走るたび1位になったので、自分のことをモナコマイスターだと思ったくらいだ。もちろんただの勘違いだが。

その後順調に「バーチャレーシング」「デイトナUSA」「リッジレーサー」「セガ・ラリー」とドはまりし、累計で50万くらいはゲーセンにつぎ込んだだろうか。その金で安い車を買って彼女を作って乗り回したほうがよっぽど有益だったのに、というのは大人の勝手な理屈で、当時は充実していた。

端末の進歩で今ではスマホやタブレットで精密でより本格的なレースゲームを無料で楽しめるようになったが、あの頃100円を握りしめて筐体に並んで待ってやったゲームの快感にはかなわない。

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